なぜfonfunはSaaS事業を破格値で取得できたのか—DXロールアップ型M&A戦略の仕組みと成功要因

fonfunがSales Performerを340百万円で買収した理由——EV/EBITDA2.5倍が実現したDXロールアップの本質

2026年4月30日、株式会社fonfun(東証スタンダード・2323)は、株式会社ディグロスが運営する営業支援SaaS事業「Sales Performer(セールスパフォーマー)」を340百万円で事業譲受すると発表した。対象事業の直近期(2025年5月期)調整後EBITDAは136百万円、翌期予想は130百万円。取得価額340百万円を調整後EBITDAで割ると、EV/EBITDAは約2.5倍だ。通常のSaaS企業の買収倍率が10〜20倍であることを考えれば、これは市場価値の4〜8分の1という破格の取得だ。

筆者はM&Aサクセスパートナーズ代表です。上場企業M&A責任者として培った財務・投資の視点と、現役の買い手M&Aコンサルタントとしての実務経験をもとに、この案件を読み解きます。本記事の分析はすべて公開情報をもとにした私個人の見解です。

案件の概要——340百万円・回収期間2.6年の「規律ある安値取得」

Sales Performer(セールスパフォーマー)は、営業実績をリアルタイムで可視化・共有するSaaSダッシュボードだ。1IDあたり月額2,500円のサブスクリプションモデルで、不動産・自動車販売・人材・金融など「営業力が競争力の源泉」となる業界に強固な顧客基盤を持つ。「IT×心理学」の独自コンセプトを掲げ、受注の瞬間に全社通知・承認欲求の刺激・健全な競争心の醸成という心理設計が特徴だ。

事業業績は2025年5月期実績で売上高227百万円・営業利益71百万円・調整後EBITDA136百万円。2026年5月期予想では売上高189百万円・営業利益85百万円・調整後EBITDA130百万円と、売上高は微減するが営業利益は改善見込みだ。譲受日は2026年5月1日。fonfunは取得資金340百万円を銀行借入で調達する予定で、のれんは340百万円全額が発生する見込みだ(償却期間は精査中)。

買い手の戦略——DXロールアップ型M&Aで「放置された黒字資産」を狩る

fonfunは「テクノロジーで社会をもっとスマートに。」をミッションに掲げ、SaaS事業のロールアップ型M&Aを中核的成長戦略として採用している。投資基準は明確だ。「黒字事業・投資回収期間5年以内・のれん償却後でも営業利益貢献のある範囲」。今回のSales Performer案件はこの基準を全てクリアしている。

回収期間の検証:340百万円 ÷ 130百万円(2026年5月期予想EBITDA)= 2.6年(基準5年を大幅クリア)。

のれん償却後の営業利益貢献の検証:仮にのれん340百万円を5年定額償却すれば年間68百万円。2026年5月期予想営業利益85百万円から68百万円を差し引いても17百万円のプラスが残る。基準クリアだ。

DXロールアップM&Aというキーワードで見ると、fonfunは2024年3月期から2027年3月期にかけて累計11件のM&Aを実行している。システム開発・SES事業(DX事業)とSaaS・プロダクト事業(クラウド事業)の2セグメントを軸に、スケールメリットと共通基盤の活用でグループ全体の収益性を高める設計だ。今回のSales Performerは「クラウドソリューションセグメント」に取り込み、既存のSaaS運営ノウハウと営業体制を投下する。

SaaSロールアップ戦略の本質は「他社が放置した黒字資産の発掘力」だ。Sales Performerが市場価値の数分の一で売却された理由は、売り手であるディグロスの社内優先順位が他事業に移ったことで、営業活動が「限定的」になっていたからだ。それが引き起こした売上減少トレンド(227→189百万円)が売り手の交渉力を弱め、買い手の安値取得を可能にした。

売り手のリアル——「社内の孤児」になったSaaS事業の出口

ディグロスは2009年設立・大村剛氏が間接保有を含む100%を保有するオーナー企業だ。本社は東京都港区六本木のアークヒルズサウスタワーという一等地であり、総資産1,077百万円・純資産127百万円という財務構造は高レバレッジを示す。Sales Performer事業の売却代金340百万円は純資産の約2.7倍に相当し、オーナーにとって財務的な意味は大きい。

「他事業への注力に伴い営業活動が限定的となっていた」という開示の一文が全てを語っている。成長するためには営業投資が必要なSaaS事業を、ディグロスは戦略的に「放置」していた。そのまま持ち続ければ既存顧客の自然減で事業価値は毀損するだけだ。fonfunという「SaaS事業を積極的に成長させる買い手」に渡すことが、事業の未来と自らの資金ニーズの両方を満たす最善の選択だった。

バリュエーション解説——EV/EBITDA2.5倍の意味とのれん340百万円の衝撃

SaaS企業のM&Aバリュエーションを整理する。上場SaaS企業の平均EV/Revenue(売上倍率)は5〜15倍が一般的だ。Sales Performerの売上高227百万円に対してEV/Revenue1.5倍(340百万円)は安値だ。EV/EBITDA2.5倍は、通常のSaaS買収(10〜20倍)の4〜8分の1という水準だ。

なぜこれほど安いのか。調整後EBITDAには「当社譲受後に発生しないことが見込まれる地代家賃、経費等(約45〜65百万円)」が加算されている。実態のEBITDA(調整前)は営業利益71百万円と近似し、「真のEBITDA」はずっと小さい。調整後EBITDAで計算すると安く見えるが、これはfonfun傘下になった場合の「正規化EBITDA」であり、現状(ディグロス傘下)のEBITDAではない。とはいえfonfunが営業を再始動させれば正規化EBITDAへの移行は合理的に期待できる。

EPS希薄化の観点では、銀行借入340百万円の利息負担(年間仮に1〜2%なら3〜7百万円)が発生するが、Sales Performerの営業利益85百万円(予想)がその負担を十分に上回る。のれん償却(仮に5年で68百万円/年)を考慮しても、fonfun連結のEPS向上に貢献できる水準だ。

PMIの論点——事業譲受という「クリーンなM&A」ならではの統合容易性

今回のスキームは株式取得ではなく「事業譲受」だ。顧客契約とサービス(営業権)のみを引き継ぎ、ディグロスという法人のリスク(偶発債務・未払い税務・訴訟リスク等)は引き受けない。これは事業譲受の最大のメリットだ。PMIの難度は株式取得に比べて大幅に低い。

PMIで最も重要なのは顧客契約の継続と開発チームの引き継ぎだ。SaaSはプロダクトを維持・開発するエンジニアとカスタマーサクセス担当者がいなければ顧客が流出する。ディグロスから引き継ぐ人材の数と質が、このM&AのPMI成否を決定する最重要変数だ。また、fonfunの「SaaS事業の運営ノウハウ・営業・マーケティング体制の投下」という価値提案が、2026年5月期予想の売上189百万円を再成長軌道(200百万円超)に乗せられるかが、投資採算の真の検証軸になる。

総合評価

まず、この案件のメリットを整理します。EV/EBITDA2.5倍・回収期間2.6年という極めて規律ある安値取得を実現した。事業譲受スキームにより株式取得に伴うリスクを回避しつつ、黒字資産とサブスクリプション基盤を取得できた。fonfunが持つSaaS運営ノウハウと営業体制を投入することで、放置で縮小していた事業の再成長が現実的に見込める。DXロールアップ戦略の累計11件という実行実績は、PMI能力の高さを裏付ける。

一方で、看過できないデメリットもあります。売上高が227百万円→189百万円へ減少トレンドにある中での取得であり、再成長を実現できなければEV/EBITDA2.5倍という安値も割高になりうる。のれん340百万円は全額が無形資産のため、事業が想定通りに成長しない場合ののれん減損リスクが残る。1ID月額2,500円のサブスクリプションモデルは解約リスクが常に存在し、既存顧客の維持が最優先課題だ。

総じて、この案件は「DXロールアップM&Aの理想形に近い、規律ある安値取得」と評価します。売り手の状況(他事業集中・営業停滞・縮小トレンド)をうまく活用し、市場価値を大幅に下回る価格で黒字SaaS事業を取得した。fonfunのPMI実行力と営業再投資が機能すれば、投資採算は確実に実現できる。EV/EBITDA2.5倍という数字は、今後のDXロールアップM&A業界における「理想的な安値取得のベンチマーク」として語り継がれる可能性がある。

経営者へのメッセージ

買い手企業への示唆として、第一に「放置された黒字事業は最も安く買える宝の山」という認識を持つことだ。大企業や事業多角化企業の中には、本業以外の黒字事業が「社内の孤児」になっているケースが多い。これらをカーブアウト(切り出し)購入するDXロールアップ型M&Aは、現在の日本市場では最も高い投資対効果を期待できる戦略の一つだ。第二に「事業譲受スキームを積極的に活用せよ」という点だ。株式取得に比べて法的リスクの引き受けが限定的で、PMI難度も低い。黒字の単独事業を買う場合は事業譲受が最もクリーンな取得方法だ。

売り手企業への示唆として、第一に「主力でなくなった黒字事業は早期に売却を検討せよ」という点だ。放置が続けば売上が自然減し、売却価格は下落する。事業の価値が残っているうちに、最も高く評価してくれる買い手に売ることが財務的に最善だ。第二に「SaaS事業の売却価値を最大化するには解約率の低さと成長率が鍵」であり、売却の1〜2年前から既存顧客の継続率向上と新規獲得の小さな実績作りが、バリュエーション向上に直結する。

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